ガソリンスタンドスタッフから取締役へ
学び続けた軌跡

後藤 久美子さん

●株式会社 宝輪(鈴鹿市)
  取締役 / 管理本部 本部長

 2025年12月取材

輸送から始まり、不動産賃貸、構内物流など事業を増やしてきた株式会社宝輪。

鈴鹿市にあるこの会社の管理部門のトップであり、経営を担う立場にあるのが取締役管理本部長の後藤久美子さんです。

子会社のガソリンスタンドの現場スタッフから、親会社である宝輪の取締役になった後藤さんが取り組むのが、個々の事情を尊重することで安心して働ける職場づくり。与えられた役割に応え、学び続けたその歩みと想いについて伺いました。

1. 結婚退職のはずが社長のオファーで経理部に

給油所のM&A、結婚を機に異動

後藤さんのキャリアは、給油所のスタッフから始まりました。転機は、その給油所がM&Aによって株式会社宝輪に承継されたこと。

「結婚を機に退職する予定でした。でも、社長から『宝輪の事務所で働かないか』と…」

嬉しいオファーでしたが、環境も条件も変わり、職場も遠くなります。悩み、断る決断をした後藤さんでしたが、当時、28歳の若さで就任したばかりの蕪竹理江(かぶたけ・りえ)社長は、後藤さんの実務能力や誠実な人柄に期待し、再度オファー。

「そこまで買っていただけるなら…」

社長のもとで経理部へと異動した後藤さんは、会社の成長とともに歩みを進めることになります。

2.自身の育休を機に制度を整備

復帰後の働き方“決めない”をルール化

入社からわずか半年後の2010年に主任へ抜擢。蕪竹社長のもと、拠点も増え事業拡大を続ける宝輪で、後藤さんは2013年、社内初の産休・育休取得者となりました。

「入社当初から蕪竹社長には『時短勤務でも休暇でも大丈夫だから安心して』と言ってもらっていました」

社内初の育休からの復帰で、ノウハウもルールもない不安な状態から、社長、上司と相談して6時間勤務からスタート。

その後もその都度協議をして、子どもの成長に合わせて30分ずつ勤務時間を変更するなど、柔軟な勤務時間を会社が受け入れてくれたことで、仕事を続けることが出来ました。

現在、宝輪が採っている「育児や介護に携わる従業員と上司、担当役員が対話を通じて働き方を決める」という方針は、この後藤さんと会社の経験が元になっています。

社長の「選択できることが働きやすさにつながる」という考えもあり、時短勤務の期限やルールを一律しないことで、個々の事情に寄り添う環境を整えています。

3.安心して働ける職場づくりに向けて

経理業務のDX化に着手

輸送、ビル管理、構内物流。事業が拡大するたび各種業務の経理と、それらの統合業務が加わりました。

「増えていく仕事。それでも、『皆で早く帰ろう』をスローガンに実践したのが、手書き業務の見直しでした」

業務のデジタル化を社長に提案し、DX化を実現しました。

男女問わず使いやすい時短勤務

2016年に係長、翌年には課長へと昇進。この頃には宝輪では育休、産休からの復帰が当たり前になり、時には事務職の4人が同時に産休、育休を取っていたことも。育てた人財が戻ってきてくれる会社になってほしい、と後藤さんは願います。

部下から提案があった健康経営を後押ししたのは、従業員が健康で安心して働ける職場をつくることが会社の成長につながり、従業員の幸せにもつながるとの信念があったからでした。

「出産、育児、介護、病気など、事情はそれぞれ。男性も女性も互いの事情を思いやって、支え合う。『お互い様』と言える風土になってきています」

産休・育休のノウハウをもとに、現在では介護による望まぬ退職を防ぐため、時短勤務や異動、手当等を組み合わせた制度(ケアサポ制度)も整備され、これまでに男性を含む5名の従業員がこの制度を利用しています。

4.私のリーダーシップ

下からの意見を吸い上げる

2019年には会社初の女性部長となり、2024年には管理部門から初となる取締役に昇進。華やかにみえるキャリアアップの裏側には地道に研鑽を積み上げた日々があります。

「事業が増えると、学ぶべき知識も増えます。その都度勉強です。子育てしながらでしたが、家族や、周囲の皆さんの理解があったからこそできたことです」

取締役となった今も、全部署から相談の電話が絶えません。

後藤さんが心がけているのが“下からの意見の吸い上げ”です。拠点の異なる様々な部署の女性従業員が業務改善の話し合いを行う、『女性活躍委員会』も後藤さんが作った場の一つ。

掃除道具を変えたら良くなる、会社の封筒が実は使いにくい。そんな些細な意見を待っています

女性活躍委員会という名前ですが、男性でも参加でき、性別問わずさまざまな意見を話し合っています。

最もプレッシャーを感じた時期は?

「課長になってすぐ、聞けば何でも教えてくれた上司が退職。私に手渡された仕事が“資金繰りの勘案”でした。会社すべての未来のお金について予測し、計算する。資金が足りなければ、会社が倒れる。知識も経験も足りないと感じ、不安ばかりでした」

それをどう乗り越えたか。後藤さんの答えはシンプルでした。

「困難が現れたら、その都度調べること、勉強することです」

5.リスキリングの体現者

「リスキリングとは後藤さんの働き方」

近年注目される「リスキリング」。会社として推進する中で、担当者が行き着いた分かりやすい説明が、「後藤さんみたいな働き方のこと」という一言でした。

給油所スタッフから始まり、財務、人事、労務、そして経営判断まで。変化を恐れず学び続けることで役割を広げてきたその姿は、従業員にとって何よりの「教科書」となっています。

デジタルツールで効率化を目指す

後藤さんの原動力は「皆で早く帰ろう」というシンプルなスローガンにあります。

「責任ある立場になればなるほど、効率化の重要性を痛感します。新しいデジタルツールを学ばなければ」

すべては従業員が安心して、長く働き続けられる環境を作るためです。

キャリアアップ後に見えた風景

取締役として社外のリーダーたちと接する中で、後藤さんには『気付き』があったと言います。

「女性の役職者の方も、思ったよりも世の中に多くいる。男性だから、女性だからではなく同じ景色を見ている方がいる。そう思うと、励みになります」

後藤さんの評判を聞くと、部下のひとりは「誰でもこんな出世ができる訳ではなく、後藤さんがすごい」と語りましたが、後藤さんは謙虚にこう言います。

「ずっと『無理ですっ!』と言い続けてここまできました。いつまでたっても理想の自分に近付けないですね」

学び続け、挑戦し続ける道を選んだその表情には経営を担う者の責任感と、従業員を慈しむ温かさが満ちていました。

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